坂の上の雲 第二巻
2007 / 01 / 22 ( Mon ) 相変わらず「坂の上の雲」を読んでおります。現在、最終巻の第八巻まできています。寝不足と戦いながらむさぼり読んでいます。なんと、来年のNHKの大河ドラマは本書が原作になるようですね。
<第二巻> 当時の日本は西洋を真似て西洋の力を身につけねば、中国同様の某国寸前の状態になりそうだった。日本のこのおのれの過去をかなぐりすてたすさまじいばかりの西洋化には、日本帝国の存亡が賭けられていた。 そして、日清戦争へと突入していく。 「勝利の最大の因は、日本軍のほうにない。このころの中国人が、その国家のために死ぬという観念を、ほとんど持っていなかったためである。」 「要するに日清戦争は、老朽しきった秩序(清国)と、新生したばかりの秩序(日本)とのあいだにおこなわれた大規模な実験というような性格を持っていた。」 「『最初から清国兵はなげやりだったようにおもえる。かれらの国の政権は満州人種がにぎっており、皇帝もむろんそうだ。異民族であるその皇帝とその政府のために死ぬという気持ちが、漢人将士にすればおこそうにもおこしようがないというのが正直なところだっただろう。しかしながら日本人は清国そのものを押し倒したのだと錯覚している』」 「『つまりいえば、日本が勝った一面の原因はかれら漢人将士がつくったのだ』」 日清戦争後、秋山真之はアメリカで戦略と戦術の研究をすることとなった。 「『人間の頭に上下などはない。要点をつかむという能力と、不要不急のものはきりすてるという大胆さだけが問題だ。』と言い、それをさらに説明して、『従って物事ができる、できぬというのは頭ではなく、性格だ』ともいった。真之のいう要点把握術は、永年の鍛錬が必要らしい。」 この一九世紀末は、地球は列強の陰謀と戦争の舞台でしかなかった。そしてロシア皇帝は、極東進出の野望を進めていた。
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