「極限の季節を生きてきた」致知より。
2008 / 03 / 27 ( Thu ) 「−我が硫黄島戦記− 極限の季節を生きてきた」という硫黄島の戦いからの生還者でる秋草鶴次さんによる文が、人間学を学ぶ月刊誌「致知」2008年4月号に載っております。
秋草さんのプロフィールです。 <昭和2年群馬県生まれ。・・・海軍通信兵として19年7月に硫黄島に派遣される。 そして総攻撃には重傷を負っていたため参加できず、玉砕戦後も3ヶ月生存して九死に一生を得る。 捕虜となってアメリカ各地を移送され、21年1月に復員。・・・著書に『十七歳の硫黄島』(文藝春秋刊)がある。> <結局陣地は奪われて、そこには星条旗が立ちました。だけどあの星条旗は、途中で二度も日章旗に取って代わったんです。あの猛烈な戦闘の中で、死に物狂いで奪い取ったんですね。日本軍健在なりと報じているようで、うちの舞台もそれは士気が上がりました。ところが二度目の日章旗は、よく見ると少し小さくて、日の丸が茶色く見えるんです。きっと流れる血で染めてつくったんだ。涙が溢れて止まりませんでした・・・・・。> <耐久試験ですよ、あれは。人間の限界に挑戦しているようなものだった。出征前に祖母は「死んで花実が咲くものか」と言っていました。だから私の心の中には、自分からは死にたくないという思いがありました。死んで喜ぶ親なんか絶対にいない。皆帰ってくることを願っている。俺は生きる、最後の一人になっても生きるんだと。> <いまの平和は、あの人たちが人柱になってつくった平和なんです。それの恩返しは何だ。この平和を守ることです。一日も長く生きて、一日も長くこの平和を続けることがあの人たちに対する恩返しです。> 私にはこの4ページ足らずの文章がちょっとした衝撃で、あわてて秋草鶴次さんのご著書『一七歳の硫黄島』を買ってしまいました。 平和、大切ですね。日本は平和です。しかし、今現在でも、世界を見渡すと戦争、紛争、テロなど至る所で起こっております。 同じアジアでは、報道の頻度は低くなってしまっていますが、チベットの方々、大丈夫でしょうか? 世界が平和になることを願っております。 ※なお、この「致知」ですが、川口市で保険の代理店を営業されているオフィスオオノの大野取締役より贈っていただいたものです。大野さんは私の銀行員時代の大先輩であります。大野さん、ありがとうございました。
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僕は、見た目に似合わず(笑) 「知致」を購読しています。 本日、改めてこの文章をみて ウルウルきてしまいました・・・。 とにかく、生きていることに感謝です。 って、ちょっと辛気臭いコメントになっちゃいました(汗)
by: 徳留新人 * 2008/03/27 12:02 * URL [ 編集] | page top↑
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はじめまして、金森秀晃といいます。 経営者のブログを探してたどり着きました。 私は 東京・飯田橋でリラクゼーションサロンFee'zを経営し その他、スクール事業や物販事業などをやっています。 経営者・カイロプラクター・講師・ファンドマネージャーと 肩書きはいろいろ持っているのですが まだまだ未熟者です。 同じ立場の経営者の方のブログに触れて たくさんの情報を吸収し、勉強していこうと思います。 今後ともよろしくお願いいたします。 ----
>僕は、見た目に似合わず(笑) >「知致」を購読しています。 似合わなくありませんよ! 逆によく似合いそうです。というのは、一度だけお会いしたのと、ブログからのイメージですけど。 >本日、改めてこの文章をみて >ウルウルきてしまいました・・・。 きちゃいますね。(T_T) --俺の女神様w--
俺にとって女は神様ですw 昨日も会ってきたんだけど、2回もヌいてもらって¥6ΟΟΟΟくれたよ(*^ー゜)b もうやめれん。。w http://span.yycola.net/yutto/XE5yjXoc |
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