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坂の上の雲 第三巻 貸し倉庫 埼玉 瀧田倉庫産業 社長のブログ!
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坂の上の雲 第三巻
第三巻では、ついに日露の戦いが始まります。

<あらすじ>

秋山真之は、海軍大学校にて戦術講義を行うようになった。
「そのほか、真之の戦法には古来の戦法から得ているものが多い。」
「水軍戦法に、『舟を攻めずして、人心を攻む』というのがある。真之はこれに大いに感銘し、『孫子』のいわゆる戦わずして敵を屈するは善の善であるということと合致しているとして、かれの軍学の基本思想の一つになった。」
「『あらゆる戦術書を読み、万巻の戦史を読めば、諸原理、諸原則はおのずからひきだされてくる。みなが個々に自分の戦術をうちたてよ。戦術は借りものではいざというときに応用がきかない。』」

しだいに日露の衝突は避けられないものとなっていった。
「どちらがおこしたか、という設問はあまり科学的でなはい。しかし強いてこの戦争の戦争責任を四捨五入してきめるとすれば、ロシアが八分、日本が二分である。そのロシアの八分のうちほとんどはニコライ2世が負う。この皇帝の性格、判断力が、この大きなわざわいをまねいた責任を負わなければならない。」

日本は国民所得がおどろくべきほど低いなか、戦争準備の大予算を組み立てた。
「ひとつは、日本人は貧困になれていた。この当時、こどもは都会地の一部をのぞいては靴をはく習慣もない。手製のわら草履かはだしであり、雪国の冬のはきものはわら靴で、これも手製である。こどもだけでなく、田舎ではおとなもほぼそうであった。食物は、米と麦とあわ、ひえで、副食物のまずしさは、話にならない。その上、封建的な律義さがまだつづいており、ひとびとは自分の欲望の主張をできるだけひかえめにすることを美徳としており、個我の尊重というような思想は、わずかに東京の一部のサロンで論じられている程度である。 」

世論がロシアを憎んだとしても、政府としてもどうしようもなかった。
「『おおかたの名論卓説をきいてもしようがない。私は大砲と軍艦に相談しているのだ』」

山本権兵衛が明治海軍を作っていった。
「明治海軍のおもしろさは、山本権兵衛が一大佐か少将の身で大改革をやりえたということである。」
「薩摩的将帥というのは、右の三人に共通しているように、おなじじ方法を用いる。まず、自分の実務のいっさいをまかせるすぐれた実務家をさがす。それについては、出来るだけ自分の感情と利害をおさえて選択する。あとはその実務家のやりいいようにひろい場をつくってやり、なにもかもまかせきってしまう。ただ、場をつくる政略だけを担当し、もし実務家が失敗すればさっさと腹を切るという覚悟をきめこむ。かれら3人と同じ鹿児島城下の加治屋町の出身の東郷平八郎も、そういう薩摩風のやりかたであった。」
「日清戦争の前、権兵衛がやった最大のしごとは、海軍省の老朽、無能幹部の大量首切りだった。」

そのころ、ロシアは日本を完全に見下していた。
「このようなロシア軍人の観察能力は、かれらの頭脳のどこから出てきたのであろうか。どの国の軍人でも、軍人というのは既成概念のとりこであるというのは、ロシアおいても例外ではないらしい。」

連合艦隊の総司令官には東郷平八郎が選ばれた。
「真之はこの人物をひと目みて、(これは徳のある人物だ)と、おもった。いざ連合艦隊という大軍が組織されるばあい、これを統御する人物はよほど徳望のある人物でなければならない。」

「十九世紀からこの時代にかけて、世界の国家や地域は、他国の植民地になるか、それがいやならば産業を興して軍事力をもち、帝国主義国の仲間入りするか、その二通りの道しかなかった。」
「筆者は太平洋戦争の開戦へいたる日本の政治的指導層の愚劣さをいささかでもゆるす気にはなれないのだが、それにしても東京裁判においてインド代表の判事パル氏がいったように、アメリカ人があそこまで日本を締めあげ、窮地においこんでしまえば、武器なき小国といえども起ちあがったであろうといった言葉は、歴史に対するふかい英智と洞察力がこめられているとおもっている。アメリカのこの時期のむごさは、たとえ相手が日本でなく、ヨーロッパのどこかの白人国家であったとすれば、その外交政略はたとえおなじでも、嗜虐的(サディスティック)なにおいだけはなかったにちがいない。一九四五年八月六日、広島に原爆が投下された。もし日本とおなじ条件の国がヨーロッパにあったとして、そして原爆投下がアメリカの戦略にとって必要であったとしてもなお、ヨーロッパの白人国家の都市におとすことはためらわれたであろう。」
「日露戦争というのは、世界史的な帝国主義時代の一現象であることにはまちがいない。が、その現象のなかで、日本側の立場は、追いつめられた者が、生きる力のぎりぎりのものをふりしぼろうとした防衛戦であったこともまぎれもない。」

すぐれた戦略戦術というのものはいわば算術程度のもので、素人が十分に理解できるような簡明さをもっている。逆にいえば玄人だけに理解できるような哲学じみた晦渋な戦略戦術はまれにしか存在しないし、まれに存在しえても、それは敗北側のそれでしかない。たとえていえば、太平洋戦争を指導した日本陸軍の首脳部の戦略戦術思想がそれであろう。戦術の基本である算術性をうしない、世界史上まれにみる哲学性と神秘性を多分にもたせたもので、多分というよりはむしろ、欠如している算術性の代替要素として哲学性をいれた。戦略的基盤や経済的基礎のうらづけのない『必勝の信念』の鼓吹や、『神州不滅』思想の宣伝、それに自殺戦術の讃美とその固定化という信じがたいほどの神秘哲学が、軍服をきた戦争指導者たちの基礎思想のようになってしまっていた。」

明治三十七年二月五日午後七時十五分、開戦の命令が下された。
『わが連合艦隊は、ただちにこれより黄海にすすみ、旅順口および仁川港にある敵の艦隊を撃滅せんとす』

海軍につづき、陸軍も上陸し、戦闘が始まった。たった一日の戦いで、日清戦争で消費した全砲弾量を少し越えるほどの砲弾使用となった。
「『わが軍はなるほど疲れきっている。しかし敵もおそらくおなじにちがいない。いま一度、攻撃をおこし、今度は敵の弱点に対し、わが歩兵砲兵の総力をあげて集中攻撃することによってまず一角をやぶり、それを敵の全線にひろげてゆけばどうか』」
「これが、日露騎兵の第一戦なのだ。つねに最初の戦いが大事であり、ここで負ければ日本騎兵の士気に影響し、わるくゆけば負け癖がついてしまうかもしれない。ここで退却すればロシア騎兵に自信をつけさせ、今後の戦闘でかれらはいよいよ強くなるだろう」
秋山好古は不貞寝をきめこみ、その旅団は危機を脱した。
「戦場での司令官はあまり鋭敏であってもいけない。反応が鋭敏すぎると、かえって事をあやまる。こういう極所には、わざと鈍感になるしかなかった。」

ロシアの旅順艦隊はスタルクからマカロフに引き継がれ、別な軍隊となった。
名将というのは、士気を一変させて集団の奇蹟をとげる者をいうのであろう。海軍中将マカロフが、まさにそうであった。」
「そのような方針やら戦略戦術なりは、ふつう水兵に無関係なものとして知らされることがない。とくにロシア軍隊においてはそうであった。ところがマカロフの統率法は、水兵のはしばしに至るまで自分がなにをしているかを知らしめ、なにをすべきかを悟らしめ、全員に戦略目的を理解させたうえで戦意を盛りあげるというやりかたであった。19世紀が終わったばかりのこの時代、マカロフがやったこのことはきわめて斬新であった。」

しかし、突如あらわれた日本の巡洋艦隊に挑戦をうけたため、マカロフの戦艦ペロトパウロウスクが日本側の仕掛けた機雷にかかり、大爆発をして沈没した。
「かれは出港にあたっての重大な習慣をわすれた、ということであった。港口の掃海をしなかったのである」

日本側も、敵が機雷戦術を仕掛けるであろうという単純なことを想像できず、また味方同士の衝突事故などもおこり、敵の砲火をうけることなしに日本艦隊は八隻を失った。
「東郷はこの戦争の全海戦を通じ、きわめて幸運な男とされていたが、かれの驚嘆すべきところは、不運に対して強靱な神経をもっているということであった。」
東郷は頭脳ではなく、心でこの艦隊を統御しているようであった。

<コメント>
この時代のおもしろさが表われているのがこの第三巻だと思います。山本権兵衛がこのような大改革を行えてしまえるというのは本当にすごいことです。また山本権兵衛に託してしまった薩摩的将帥の西郷従道の度量の大きさには本当に感服致します。
また、現在の日本の外交関係も考えさせられます。帝国主義の時代と現在の民主主義の時代とは違えど、地政学的な勢力バランスなど学ぶべきことは多いのだと思いました。
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埼玉県越谷市を中心に、草加市、三郷市、八潮市、吉川市、さいたま市、岩槻区、川口市、春日部市など、埼玉県東部の貸し倉庫、貸工場、貸店舗など事業用不動産のテナント誘致、プロパティマネジメント(賃貸管理)、コンバージョン、バリューアップ、不動産仲介などを行っている埼玉の貸し倉庫 瀧田倉庫産業株式会社にて代表取締役を務めております。

所有資格:中小企業診断士、宅地建物取引主任者、ファイナンシャル・プランナーなど



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