無利息
坂の上の雲 第五巻 貸し倉庫 埼玉 瀧田倉庫産業 社長のブログ!
貸し倉庫 埼玉 瀧田倉庫産業 社長のブログ!
埼玉(越谷市、春日部市、さいたま市岩槻区、八潮市、三郷市、川口市、草加市等)の貸し倉庫などの情報を提供します。埼玉の貸し倉庫からみた経済、経営、不動産について思うことをつづります。瀧田倉庫産業の社長である瀧田貴夫のブログです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

坂の上の雲 第五巻
あらすじをまとめようと、再度本書を読み直していました。それと同時に、現在、「日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く」を読んだり、また藤原正彦氏の講演会を受けるにあたって「国家の品格」を再読したりしていました。あらためて日本の歴史を考えるきっかけになっております。最近は、日露戦争以後、太平洋戦争あたりのもう少しわかりやすい本でもあればなあと思っているところです。

<あらすじ>
旅順の乃木軍司令部は依然として苦戦していたが、ついに作戦を変更し二〇三高地へ攻撃の力点をおくことにした。そして児玉が奉天からかけつけ、指揮をとることとなった。児玉は攻城用の重砲を陣地転換して攻撃に使えと命令した。児玉は、乃木軍司令部がなぜこういうことをしていないのかふしぎであった。
「児玉にいわせれば、(専門家のいうことをきいて戦術の基礎をたてれば、とんでもないことになりがちだ)ということであった。専門家といっても、この当時の日本の専門家は、外国知識の翻訳者にすぎず、追随者のかなしさで、意外な着想を思いつくというところまで、知識と精神のゆとりをもっていない。」

児玉は師団参謀の書いた作戦図面に間違いを発見した。それは、その参謀が気丈で組み立てて作戦を練っているということだった。
「『国家は貴官を大学校に学ばせた。貴官の栄達のために学ばせたのではない』」
砲兵陣地を大転換することによって二〇三高地西南角は日本軍が占拠した。そこで、児玉は二十八インチ榴弾砲をもって軍艦を砲撃するように命令した。しかし、砲兵科出身の豊島少将は反対した。
「『貴官は疲れているのだ。そういう砲牆づくりは、いくさが終わってからやれ。いまはいくさの最中だ。』と児玉は声を低くしていったが、じつは飛びあがって怒鳴りつけたいほどの衝動をおさえかねていた。」
「『豊島は物を知りすぎているから、そう思ったのだろう。わしは何も知らんから、敵に撃つ余裕をあたえぬほどにこっちが撃ちつづければよかろうとおもったのだ。』」

東郷の連合艦隊は、乃木軍の旅順攻略中、洋上から旅順口を封鎖していた。乃木軍が二〇三高地をおとし、砲弾が山越えで旅順港内のロシア艦隊をつぎつぎと撃沈しはじめた。ほどなくして、旅順封鎖作戦は終了となった。今度は、バルチック艦隊に対応するために準備をすることとなった。秋山真之はバルチック艦隊を一隻残らず沈めるための作戦を練っていた。
「真之は、兵理について『兵理というものはみずから会得すべきもので、筆舌をもって先人や先輩から教わるものではない』ということを、かれはのちに海軍大学校で講義したことがある。かれは会得する方法を懇切に教えた。あらゆる戦史を読んで研究せよ、読めるかぎりの兵書を読むべきである、その上でみずから原理を抽象せよ、兵理というものは個々に研究して個々が会得するしか仕方がないものだ、といった。」

バルチック艦隊の苦難の航海は、まだアフリカ大陸のはしにさしかかったばかりだった。

二〇三高地の陥落後も旅順要塞の攻防はつづいていた。旅順要塞の司令官であるステッセルが将兵の人心を得ていたという事実はみつけにくい。
「軍隊心理からいって、戦闘中の軍隊で部下の信望を得るという原理は、ごく単純であった。もっともよく戦う指揮官であればいいというだけである。よくとは、勇敢でしかも的確な判断力をもち、戦闘を遂行する以外に余分の感情をもたないという条件が不可欠であった。兵士というのは、ただ命令されるだけの可憐な集団だが、受身の立場であるだけに自分たちを死地に連れてゆく指揮官がどの程度の質のものであるかを見ぬく嗅覚は、ほとんど動物本能のようにして持っている。しかもかれらがつねに望んでいるのは、よき戦闘者としての指揮官であった。その命令に従ってゆくだけでその前途に勝利があるという信仰をもちうる指揮官であり、そういう場合、戦闘がいかに惨烈の極所に立ちいたっても、兵士たちは十分に堪えてゆく。が、逆の場合、その指揮官がいかに兵士たちに媚を売り、おだて、たくみな演説をしようとも、かれらは決して鼓舞されることはなく、その指揮官への軽蔑を深めるだけのものであった。」
「無能な指揮官が、その無能を隠蔽するために、みずから風紀係になったように軍旗風紀のことばかりをやかましくいう例は軍隊社会にふんだんに見られるが、ステッセルもそうであった。かれはまるで儀仗兵の指揮官のように行儀をやかましく言い、砲台にチリ一つ落ちていても兵士を怒鳴りつけ、なによりも軍隊における荘重美を好んだ。このあたり、バルチック艦隊のロジェストウェンスキーに酷似しているであろう。」
「―よく戦った。という印象を本国政府に思わせつつ、しかもやがては降伏にもちこむ。でありながら『降伏もやむなし』といううわべだけの戦闘経過をつくりあげようというものであり、レイスはステッセルのよき幕僚としてその意を迎える案を考え出していた。というような案をつくるレイスの意識はあくまでも対内的であり、目の前に日本軍はなく、ステッセルだけがあった。ステッセルもまた本国政府の方向にのみ顔をむけている。帝政末期のロシア陸軍の悪弊が、こういう場合でさえ露出していた。」
ステッセルが降伏することにし、旅順の攻防戦が終了した。

バルチック艦隊は地中海コースを通ったフェリケルザム少将の支隊と合流した。

北方では、戦線が沙河の線で凍結していた。ロシア軍は満州においてあらたな攻勢を準備しつつあるという諜報が大本営にあった。
「これらヨーロッパ経由の諜報に対する日本の満州軍総司令部の鈍感さは、おどろくべきものがあった。『ロシア軍が攻勢に出るなど、そんなばかなことがあるか』という態度で終始した。『この厳寒時に、大兵力の運動はとてもおこなえるものではない』というのが、その唯一の理由であった。この態度は、参謀松川敏胤大佐が最初からとりつづけていたもので、児玉源太郎はこの松川の能力を信頼するところが深く、『そのとおりだろう』と、かれもまたそう信じた。」
戦術家が、自由であるべき想像力を一個の固定観念でみずからしばりつけるということはもっとも警戒すべきことであったが、長期にわたった作戦指導の疲労からか、それとも情報軽視という日本陸軍のその後の遺伝的欠陥がこのころすでに芽ばえはじめていたのか、あとから考えても彼ら一団が共有したこの固定概念の 存在は不思議である。」
「ひとつには常勝軍のおごりが生じはじめたためであろう。かつてはかれらは強大なロシア軍に対し、勝利を得ないまでも大敗だけはすまいと小心に緊張しつづけ たころは、針の落ちる音でも耳を澄ますところがあったが、連戦連勝をかさねたために傲りが生じ、心が粗大になり、自然、自分がつくりあげた「敵」について の概念に適わない情報には耳を傾けなくなっていたのである。日本軍の最大の危機はむしろこのときにあったであろう。」

ロシア軍にはグリッペンベルグ大将があらたに送り込まれ、グリッペンベルグ大将は沙河の対陣をやぶり、黒溝台会戦がはじまった。グリッペンベルグ大将が日本軍左翼を攻撃し、クロパトキンが日本軍の中央に対し強圧を加える予定だった。
「が日本軍にとって幸運だったことは、クロパトキンはその同僚との暗争のためにそれをしなかったことであった。」

<コメント>
様々なことを学んでいかなくてはいけないと常々思っていますが、本書に出てくる専門家の悪弊というものには本当に気をつけなければならないですね。視野が狭くなってしまうということだと思うのですが、まったくその通りだと自分でも思います。
ロシア軍内部の官僚体質のひどさには驚かされます。人間の心理というもの、行動というものは深いものだとあらためて感じることが多くありました。
スポンサーサイト
この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://takitawh.blog86.fc2.com/tb.php/25-4471f736
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

貸倉庫物件(埼玉県中心)

埼玉県貸倉庫


↓携帯からご覧いただける貸し倉庫物件情報
QRコード



プロフィール

瀧田貴夫@埼玉貸し倉庫

Author:瀧田貴夫@埼玉貸し倉庫
埼玉県越谷市を中心に、草加市、三郷市、八潮市、吉川市、さいたま市、岩槻区、川口市、春日部市など、埼玉県東部の貸し倉庫、貸工場、貸店舗など事業用不動産のテナント誘致、プロパティマネジメント(賃貸管理)、コンバージョン、バリューアップ、不動産仲介などを行っている埼玉の貸し倉庫 瀧田倉庫産業株式会社にて代表取締役を務めております。

所有資格:中小企業診断士、宅地建物取引主任者、ファイナンシャル・プランナーなど



黄川田仁志(きかわだひとし)

海洋政策の専門家 衆議院議員 黄川田仁志(きかわだひとし)氏のホームページです。

黄川田仁志のぼり



当ブログの過去のおすすめ記事!

NO.1 これからの日本経済
NO.2 でっちあげ
NO.3 初島熱海団体競泳大会



カテゴリー



最近の記事



一人一票の実現を!

男女で一票の価値が違っても良いのでしょうか?年齢で一票の価値が決まってもいいのでしょうか?もちろん、良くありません。 今、日本では住む場所によって一票の価値が違います。それをこのまま放置しておいて良いのでしょうか?

一人一票実現国民会議



最近のトラックバック



ブログ仲間!



リンク

このブログをリンクに追加する



月別アーカイブ



あわせて読みたい

あわせて読みたい



ブログランキング

ブログランキング参加してます!クリックお願いします(^^)/ ↓↓↓

FC2ブログランキング

にほんブログ村 士業ブログ 中小企業診断士へ



最近のコメント



クリックで救える命がある!



国盗りカウンター



ブロとも一覧


いっぱしのぴん蔵の日記/ The private journal of Pretty damn Good PINZO (⇒mixi/gree)

埼玉県越谷市の行政書士江口法務事務所ブログ支店

『私たちが明日からできること』短期集中セミナー     “ 達人に学ぶ。 ”



ドラクエ風カウンター



人気記事!



逆アクセスランキング 



ブログ内検索



RSSフィード



全ての記事を表示する

全ての記事を表示する



リアルタイム市況



FC2カウンター



フィードメーター

フィードメーター - 貸倉庫@埼玉県 瀧田倉庫産業 社長のブログ!



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。